コラム 薔薇影 秋山 基夫
(毎月2回更新)

第29回 人生八十年(1)

 人生五十年という言葉があった。これはいつ頃から使われだしたのだろう。人が大体五十年くらい生きるようになった時代からか。そうなるとあらためて何かの典拠が思い出されてまさにその通りだという実感がゆきわたったのだろうか。
 戦国武将に愛された幸若舞の詞章に、「人間五十年、化天の内にくらぶれば、夢まぼろしのごとくなり。」(「平敦盛」)というのがある。織田信長が出陣に際して謡い舞ったという。戦国時代だから人生は五十年だったともいえるが、もっと前から人々はそのように観じていたように思う。
 世の中が治まり、元禄時代、井原西鶴の辞世の句、「浮世の月見過しにけり末二年」は二年余分に生きたと言っている。彼は若くして家督を譲り隠居して文学に専念した。松尾芭蕉も五十歳で死んだが、三十代ですでに翁だった。彼らは、五十年について、その最後の十五年か二十年で何ごとかを成し遂げられると観じ、そのように生きたのだろう。彼らの場合はわかりやすい例だが、人々はみんなそのように人の寿命を考え、そのように生きたのだろう。これは長く続いた。

  

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